悪の連鎖

守主攻従だから
少林寺拳法は「守主攻従」であり、相手の攻撃があって初めて技が成るようになっている。これは少林寺拳法では誰でも知っている常識である。

しかし、これを体で知っている人はどれくらいいるだろうか。

入門から始まる馴染み深い技の逆小手は、攻者が腕十字を取りに来るのである(ハズ)。
巻小手は腕逆捕、プロレス風にいうと脇固め(?)。胸十字は横拳で押す。片胸落は縦拳で引く。袖巻きは上腕後ろ袖を握り引く、などなど、かなり細かく決まっている。

少林寺拳法の技が多いのは、こういう攻者の変化を細分化したためで、細分化させずに「これがこうなったらこう」というふうに道院それぞれで変化技を適当に教えていたのでは、拠り所となる技の本体はどれなのかわからなくなって、技法は正しく伝わらないくなっていただろう。


攻撃があってこそ
どういう攻撃にどういう技で対処するか、黒帯であれば当然知っていなければならない。逆小手の形だけを子供や入門者に教えて何になるだろう。これではダンスの振付と左程変わらない。ダンスの振付には攻撃に対する必然性はないのだから。

形だけの技、すなわち攻撃に対する必然的な対処をしていない技は出鱈目である。入門者がそんなモノを覚えてしまったら、出鱈目が次の世代の入門者に伝わってしまうことになる。
しかも、段位が上位になると下位の者はへんだなと思っていても、社会通念上従うしかない。武道にはこういう封建的な部分もある。

こういう武道の負の部分をしっかり認識しないと「悪の連鎖」は止まらない。少林寺拳法は悪い体育会系の縦系列のみの団体ではないはずであるが、開祖の法話を読むだけでも実は脱皮出来ていないのがわかる。

悪の連鎖は今止めようと思えば止められる。聖句のとおりである。自分自身で自覚を持って絶えず自分を客観視して、自己点検である。

自ら悪をなさば自ら汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し→正しい技法を攻守ともに身につける→悪の連鎖は自ら止める

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