緊張感のある演武 その2
緊張感のある演武に欠かせないものは、正確かつ素速い攻撃である。
このどちらか一方が欠かても見ているもの・演武者共に緊張感は生まれない。
たとえば内受突でも攻者が正確に顎を狙い、突が届く間合いまで詰めて攻撃することで、守者は捌き+受をせざるを得ない状態になる。これが緊張感を生む。
しかし、このときに素速くない攻撃であったなら、少々の捌きや受が出鱈目でもなんとかなる。それは「速い当身は効果が大きい」つまり「速くなければ効かない」からである。
逆にただ素速いだけで急所を狙っていなければ、受ける必要もない。捌き程度で守者が攻撃を加えればいいだけである。
攻者の攻撃でどちらか一方を欠けば、緊張感のある演武にならない。演武どころか、稽古にもならない。意外とこんな稽古も多く見受けられる。
稽古にならないとは、組手主体である少林寺拳法にとっては攻者・守者ともにである。
攻者は当たりもしない突を出す。間合いが出鱈目、狙いははじめから顔面を外して突く、守者は捌く必要のない攻撃を捌く、受ける必要のない攻撃を受けに行く・・・。
このような稽古をどんなに続けたとしても、出鱈目が身につくだけである。生を偸むものというべし。
「当たったら当てられたほうが悪い」これは当然の約束事である。
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